宿 第一部 1〜2
 今回の出張もあさってまでで区切りが付く。この何も無い村とも
しばらくはお別れだ。いや、今回の仕事の出来次第ではもう終わり
かもしれない。
 まあ、最初はこんな辺鄙な村に来なきゃならないなんて、技術屋
とはいえ因果な事だとか思ってたが、半年の間におよそ2週間ずつ
5回も来たらすっかり土地に馴染んじまった。というか、もう来れ
ないのは逆にさびしい気もしてきた。
 宿のねえさん(旅館の若女将で、いつの間にか俺までそう呼ぶよ
うになっちまった。40に手が届くおばちゃんという感じだが)の
あの性格が結局良かったんだろう。田舎旅館の気取らない心地よさ
は、あの女将の人柄が表れてるんだろうな。
 今回は来て早々、付き合いの下手な俺のために嫁さんの世話まで
してくれようとして、なかなか気立てのいい娘さんを紹介してくれ
た。
 確かに俺の場合、都会の派手なオンナより、あの「静ちゃん」と
かいう娘みたいなのが似合いなのかも知れん。
 悪い気はしなかった。ただ、まだ俺としては結婚は・・・
 例の事さえ受け入れてくれれば、あの娘でも俺としてはいいのだ
が、それ抜きにはまだ結婚を決める気にはなれない。
 おれは、正直そのことだけ考えて30年間生きてきたようなもん
だからな。
 しかしどうやってそれを確かめればいいのか? 思い切って訊い
てみるか? まさか! とてもじゃないが恥ずかしくってそんな普
通じゃないこと聞ける訳ないよな。
 普通じゃない・・・か。
 普通の「好き者」にはこの村、男が出稼ぎでいない時期は、暇と
火照った体をもてあました開放的な奥さん連中を相手にやり放題、
なんて話も聞いたが、正直そういうのにはまったく興味が無い。
 姉さんは、俺を堅物とか言ってからかってるけど、俺が普通の男
だったらあの姉さんもそんなことするんだろうか?
 考えられんな。
 俺は風呂に入るときとか、素っ裸のところも姉さんにゃ何度も見
られてるし、今じゃ、背中流して貰ったりする様になったけど、変
な事になるような雰囲気じゃないよな、あの人とは。
 エッチな話もふつうにして実に明るいもんで、背中を流すとき、
俺の前を隠したタオルが平らなままだとかいって「つまらんお人や
のう」とか言って笑っていやがった。
 俺は、「いいんだ、余計なお世話だ」と答えたが、本当にそうな
んだよ。俺にはふつうのセックスよりアレのほうがずっといいから
な。
 静ちゃん、か。
 あの一種の「見合い」、まあ姉さんが勝手にセッティングしてく
れて1回会っただけ、どういう家の娘なのかとかも、何もぜんぜん
知らないし。あの素朴さ、「特別な家の」なんてなかろう。
 だいたいこの村に、特別な家柄なんてモンも無さそうだし、姉さ
んも、そういえばごく普通の家の娘だといってたしな。
 この村のすべてが平凡、そういう場所だよ。そういうのは俺には
ありがたい。肩の凝るのは苦手だ。
 そういや姉さんが詳しいこと後で説明するとか言ってたけど、下
手に訊くと話が深入りしそうだし弱ったね。
 まあ、この村での思い出って事で濁すとするか。
 そんなこんなと考えながら湯を出て、となりのジェットバスに入
った。この宿のご自慢で、ご主人が手作りで作ったという岩仕立て
の壁面から結構な勢いで噴出し、岩の壁面も滝になるように作って
あった。
 お世辞にも美しい仕上がりとはいえない代物だが、まあ、この宿
にしてみればこんなもんか・・・
 節電のため今は作動してないから、いつものスイッチを入れた。
『ゴウッ』と泡が吹き出し、上からお湯の滝が降りてくるはず・・
・だが、うんともすんとも言わない。
 こんな風呂でも今日1日の楽しみだ、「ちっ」っと舌打ちし、姉
さんを呼んだ。
「はーい、お背中流しましょ、今行きますよー」とすぐに返事が聞
こえた。
「いや、泡風呂が動かないんですよ、壊れちゃったんじゃない?」
 姉さんがやってきて、木の下駄履きで風呂場に入ってくると、
「ありゃ、吉岡さん、悪いけんどもう一回スイッチ押してみてくれ
んかね」
 湯船の向こうにスイッチがあるので、俺はタオルで前を隠したま
まそこに行き、入り切りした。
「ほら、ぜんぜん駄目でしょ」
「ちょっと待ってて、多分すぐ直せるから。最近すぐこうなんよ」
 そういうと一旦風呂場から出て行った。
 まさか裸で来る気かな? 俺はあんなおばんと混浴はいやだな。
若くても興味ないのにね、なんて考えてたら・・・
 じきに、『ガボゴブ、ギャボゴボ・・・』とへんな音が聞こえ、
次の瞬間、風呂場の入り口に信じられないことが起こって、俺は一
瞬で頭の中が真っ白になってしまった。
 なんと姉さん、いや若女将が真っ黒いゴムの胴付き長靴のいでた
ちでそこに来たではないか! 手には厚手で長いピンク色のゴム手
袋を持って!
「吉岡さん、ごめん。ちょーっとこんなカッコで失礼するわ」
 といいながら、その手袋を片方ずつはめながらこっちに来る。
「この岩、この前動かしたとき手ぇ怪我してしもた。こんなら大丈
夫だから・・・」
 そういいながら湯の中にゴム長の足を入れた。あっけにとられた
俺を見て、逆に俺のほうにびっくりした顔しながら、
「あ、吉岡さん、これ汚くないから心配せんでええよ。これ、風呂
場用でキレイなんだから」
 自分のゴムの胴長の体を、既にピンクのゴムの手になった手でこ
すり、『ギュルッ』といわせながら言う。
 凍りついた俺に向かって、「違う違う」というふうに手を振り、
「やーだもう」みたいに口元押さえたり、こっちにてをかざしたり
している。笑いながら。
 そうしてゴム胴長の腰まで湯に入ってジャブジャブ風呂の中を歩
いてゆき、岩の前に来ると「いよっ」っと声を出し、岩の壁面を横
にずらすような格好になった。
「う〜んしょ、うーん、しょ」
 俺はこの光景を自らが石になったように凝視してしまった。
 湯気の向こう、脇の下から胸を覆った黒くぬめり光るゴムの背中
とゴムのお尻を持ったゴム女がいま、俺の入っている風呂の中に立
っている。動くたびにつるりと水にぬめる黒ゴムのウネリじわを見
せながら、ピンクの濡れたゴム手袋が岩の壁面をつかんでいる。
 俺は心臓が張り裂けそうに激しく脈打ち、この目の前の光景に釘
付けになった。
 しかし岩の壁面は動かない。
「いかんわ・・・。吉岡さん、申し訳ないけんど、ちょーっくら手
ぇかしてくれろ」
 風呂に胸まで浸かったままで見ていた俺は、いま立ち上がれる状
態になってなかった。この深さでは、立ったら水面すぐ下に俺のも
のが見えてしまう。あれがいまどうなってしまっているかが。
「なあ、吉岡さん、ご入浴中ですまんけんど、こことこいっしょに
押して欲しいんよ。二人ならすぐ動くに。ごめんね裸んときに」
 笑いながらも済まなさそうに頼むので仕方がないから、どきどき
しながらも俺は腰にタオルを巻きつけ後ろできつく結んだ。
 ヘリが短くて、あんまりきつく縛れなかったが・・・

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