宿 第一部 7〜8
 話を聞いていくうちに、なんだか自分の期待が大きすぎた分、少
し外した気がして来た。そりゃゴム製品の商店で頑張って働いてる
娘って言うのには大いに興味があるし、そんな娘なら女としてそそ
られる。
 しかし、それは商売の話であって、必ずしも彼女がゴム好きとい
う事とはつながらない。案外商売で一生懸命やってる分だけ、プラ
イベートでは見るのもいやだって事もあり得る。自分が身につけて
宣伝までやってるって言うのはすごいし、そりゃぜひ見たいけど、
さっき女将からやられたときの延長線で勝手に考えてしまっていた
静子への俺の夢は少し薄らいできた。あまりに期待が膨らみすぎて
ていたよ。
 そんなうまい話があるもんか。どうしても自分に都合よく受け取
っちまうが、こりゃ「受付嬢に微笑まれて自分に気があるのか? 
って勘違いする男」と同じだよな。
 今日、女将に犯された事のほうがよっぽど奇跡的だ・・・
 まあ、これだって、別に女将がホンモノのゴムオンナだったって
訳でもない、単に男とエッチな事して遊ぶのが面白いだけで、たま
たま極度に反応するモノを見付けて、はしゃいで悪戯したってとこ
だろうけどな・・・ それが何でも良かったんだよ女将には。
 そんな具合に、努めて冷静さを取り戻すよう自分を戒めて行くう
ち、内心冷めていくものを感じはじめていたのだが、まあ話に興味
が無くなったわけではないし、静子のその「宣伝」も勿論拝んでは
見たいと思いながらそのまま話を聞いていた。
 それにしても、こうしてさっきあんな事をした女将とゴムについ
て話せている事には、依然ドキドキさせられてはいた。こんな事は
もしかしたら二度とないチャンスかもしれない。
「もう26歳だっけが。この村では、ちょこーっと遅れてしもたと
いう所だがぃ。ウチん事いっしょけんめーやってての話だがら、カ
ワイソーだんなー思うて・・・ あーんな良い娘もぉったいないよ
ぉ、村ん若い衆はバァカだ。あんな良い娘をほっどくなんでぇ。ん
でウチの常連、吉岡さんはカタい人だから是非思うたんだがぃ私。
気が利いて良かったろ?」
「ちょっと、聞きにくいんだけど・・・ あー、あ、あのさっき言
ってた『キツウやられる』ってどういう意味?」
 すると女将はとぼけた様な表情になり、
「そんなこと・・・言うたっけが?」
「言ってた。この際だから教えてくれよ、なんか謎かけされたみた
いで・・・ 言ってたんだよ確かに。だけどなんでそんなこと、女
将にわかるわけ? って思って」
「あんさんも、そんなこと聞き流してくれればいいんがいにーもぅ
・・・ わがーった! でん、変なふうに誤解せんでよ、静ちゃん
に悪うこと言うてしもうたなぁわたし・・・ あん娘、おととしの
秋、村の夜祭りでバカんことしてもうたん。毎年若い衆が男ん女ん
一緒くたになって騒ぎよるが、皆ちょーしこいて最後は裸になって
の大騒ぎになるんだぁいつも。ここの祭りはエッチだんだよーみい
んな素っ裸でめちゃめちゃしよる。ココロん中のもんをさらけ出す
んだ、皆で。そいだらあん娘、ゴムんカッコでそん中入ってしまっ
たんがぃ! 本人は無邪気にはしゃいで、そんでいい思っとったん
だろ、ども何人かの男が狂っちまったみたいになっで、えらいこと
になってまったが。祭りの後、静子ちゃん一人が『変な娘』言う事
になすり付けられて、変な目で見られう事んなってまったがぃ。と
ーころがそのうちどっからともなく『静子とやったらゴムでものす
ごきつうやられる』いう、へんな話が流行っちまったぎ、バカんは
なしクソ男どもが。おかげで静ちゃん、村で浮いてまったし、しば
らく、しゅーんどしてまったんが。ほんにぃ静ちゃんに悪うこと言
うてしもうたなぁわたしは・・・ 吉岡さん、あんさんはバカでな
いぎに、変にとらんどってよ。あん娘はほーんと良い娘だがい」
 ここで、急に何かを思いついたように手を打つと、
「そだ! あん娘、どんだけ働きもんか見せるぎ、それもあんさん
に見せときたいよな、静子ちゃんをなぁ」
 そういいながら電話に手を書け外線を回した。回しながら「ちょ
ーど雨が降りよるがぃし」という。
 俺はいつの間に雨? と思い、川の流れの音で聞き分けられなか
ったのだが、窓の前の目隠しのふすまを開けて見ると確かに窓ガラ
スに雨粒が流れていた。
「もしもし、あ、ゴム藤さんで? 大野屋ですがぃこんばんは。い
えいえこっちこそいーつもお世話さんで、はい・・・ はぁ、静子
さんおられるか? はあ。・・・あ、静ちゃん? 喜美ですぅ。こ
ないだはお疲れさん。あん、ごめんねこんな時間に。あんなぁ、こ
ないだの吉岡さん、仕事でなんか長―いゴム手が必要なんだって」
 俺はドキッとして女将を見たが、女将は笑いながら手で俺を払う
ようにしながら続けて、
「そうそう、なんか肩に届くぐらいのが必要らしいんが。んでね、
お宅の店先にぶら下がってるやつとかいいんじゃないかなー思うて
ね。・・・何に使うかって? そんなん知りますか私が! いろい
ろあるって? ・・・んなら適当にそんなのいくつか持ってきて見
せればいいがぃ。とにかぐなっがーいやつが良いかんね。そ、んじ
ゃよろしく。え、吉岡さんに会うのかって? 残念ながらもうお休
みよったがぃ会えんで、悪うけど。明日ん朝私が見せるぎ、置いて
って貸して。そうそう、だがら静ちゃんはいつものカッコで来れば
よいがに、そのほうがよかろうがぃ? 雨降りよるに悪うのぅ、で
はよろしくな」チーン。 「何で、俺はそんな・・・」
「いいがら! あんさんが心配せんでに。それよかあんさん、楽し
みにしとき。来るでに静子ちゃんが、ほほほ」

 20分も経ったのだろうか。旅館の玄関口を両側に囲む形になっ
たフロント前ロビー(?)で、コーナーの出窓のところのソファー
に腰掛けていた俺は、落ち着かない気分のまま、暗がりの中で熱帯
魚の水槽の青い光を眺めていた。
「ぼちぼちですがぃ。あんさんは余計なこと言わんとここで静かに
見とればよいが」
「なんか覗き見みたいでいやだなぁ」
「あ、そうですか? んなわかたわかた」
 なにがわかったのか知らんが、ちょうどそのとき、バイクのエン
ジン音が聞こえてきた。女将は向こうに行ってしまったので一人で
いた俺は、出窓の隅のカーテンをよけて、夜の玄関口を見た。近づ
くライトの光は夜の雨を浮き立たせ、その光が玄関脇のところに止
まるとしばらくしてエンジンが止まり、ライトが落ちた。
 玄関口から漏れる光に妖しくヌメる人影が・・・
 俺は目を凝らした。が、すぐに失望した。出前が良く使っている
紺色ビニールの雨合羽。それだけのことだった。その人影はバイク
の後ろの荷箱を開けると手早く袋を取り出し、箱のふたを閉めるや
否や急ぎ足で玄関に駆けていった。
「こんばんは。藤木商店です。女将さん、こんばんはー」
「あーい、まあまあまあ、悪うなァこんな天気にぃ。あれ、なんか
今夜はあんまし宣伝しとらんねぇ静ちゃん」
「んだって、もしも吉岡さんに見られたら、ちょこーっと嫌だった
ぎに・・・」
「なーんの、そがぃ吉岡さんのこと心配せんで堂々とせに、いつも
の静子ちゃんらしゅうも無い。んで、商品は? これな、よっし。
吉岡さーん、静子ちゃんが持ってきましたにー。そんなんとこおら
んどこっちに来て静子ちゃんに挨拶されよ」
「やだ、女将さんったら・・・。じゃ私これで」
「ちょっと待ちぃ、これ、まだ帰るでないよ、もう。ほら、吉岡さ
ん、持ってきてくれましたがぃし静子ちゃんが。な、働きもんです
がぃろう」
「こんばんは。・・・あの、すみませんでしたこんな時間にお願い
してしまって」
 見ると、静子はやはり何処でも良く見かける紺色のフード付きジ
ャケットとズボンに分かれたレインウェアだった。ビニールズボン
のすそからは黒いゴム長が覗いている。そして、袖口からは包みを
持ったオレンジ色のゴム手袋の手が見えた。

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