宿 第一部 12〜13
 とっさに切り抜ける手を思いついた。
「大事って言うような・・・ いや、正直言ってめちゃくちゃ恥ず
かしかったんですけど。俺、自分の荷物に持ってきたゴム手を、女
将に見つかっちゃったんですよ」
 そういって、出張バッグのファスナーを開き、中からオレンジの
ゴム手袋を取り出した。
「恥ずかしながら、こんなのをいつも持って来てるんです。出張に
・・・」
 彼女はそれを見ると、なんだか急に表情がほころび、
「吉岡さんのおもちゃ? ヤダ、なんだか、こっちまで恥ずかしく
なってしまったがぃ」
 くすくす押さえ笑いしながら、わずかに身をよじらせキュウと鳴
く静子のゴムの身体を見るうちに、またしても下半身がうずいてき
た。
「それ、オ##トが10年ぐらい前まで作ってた、洗濯用のロング
ですね。手首に絞り入ってるのって他に無かったものね。そんな珍
しいの持ってるなんて・・・ こんなのいっぱいお持ちなんですか
・・・ そのう、こういうのでコーフンしちゃうとか・・・」
「は、気持ち悪いですよね。でも、それが俺だから仕方ないんです
よ。俺、子供ん時からゴムがものすごく好きだったんです、ほんと
に・・・」
「子供ん時から・・・ あたしは、ウチがゴム製品全般やってて、
家中ゴムだらけでいつも身近にあった。だけど本当はわたしも子供
の時からどうしようもないくらい好きで、皆が留守になると・・・
一人で変なこと・・・ ふふ、わたしはほんにゴムが好きで今こう
してるん。高校卒業後、家業に入ったんは、私がゴム好きだからな
ん」
 彼女の話が突然急展開し、俺は固唾を飲んだ。
「ほんとに好きで好きで・・・ あのね、お仕事始めたとき、父が
言ってたの。3つの売り先とか言って。一番は、必ず仕事で必要な
人。二番は、こちらから、今まで知らなかった使い方を見つければ
使う人。三番は、何に使うのかこっちにゃ判らない人。わたしは三
番目の人がほんとは結構いると思う。こないだも、沼仕事とかじゃ
ない人が沼にいるのを見たことあるし。あとで私も真似してみた。
そいだら気持ちがわかって・・・ それから何べんかやってて・・
・」
 こんな話題を、ゴム娘としている事に激しくのめり込んでしっま
った。なのに、突然、携帯電話の呼び出しバイブレーターの音がそ
の空気を壊した。
「あ、ごめんなさい、ちょっと失礼します」というなり、襟口のフ
ァスナーを開いてウエットスーツの胸をはだけると、胸元から携帯
電話を取り出し、向こうを向いて応対しだした。
「はい、あ、わたし静子です。はい、わかった、すぐ帰るから。う
ん、じゃあ。・・・・・あのぅ、ごめんなさい、もう帰らなければ
ならなくなってしまったんです。今夜はこれで失礼致します。また
今度、是非お会いしましょう」
 そういうと、立ち上がったが、正座でしびれたのか少しよろよろ
としながら軽くお辞儀をし、部屋を出て暗い廊下を戻っていった。
もはや立ちにくくなっていた俺も、前に邪魔なものをもてあましな
がら玄関口まで、ゴムのお嬢さんを送っていった。
 玄関では、女将がさっきの包みを開けて、3種類の黒や茶色のも
のすごく長いゴム手袋を並べ、見比べていたが、我々に気付き、
「あれ、もう帰るんかね?」というと、「ええ、どうもお邪魔しま
した。お会いしてお話できて良かったです」と返す明るい静子に、
女将は微笑み「んじゃあ、気をつけて」と声を掛けた。
 静子は、ビニールズボンをウエットスーツの上からはき、ジャケ
ットを着込むと、大長靴をつかみ、中に手を突っ込む。長靴の中か
らウエットスーツのソックスが出てきて、それを履いてから大長靴
を履いた。ズボンのすそをかぶせ、ゴム手袋を嵌めてまたお辞儀を
し、走って外へ小走りに走って行った。
 女将が俺にニヤニヤしながら、
「どうだったがや? うまくいったけ?」と嬉しそうに聞くので、
「ええ、最高でした」と素直に答えた。
「じゃあ、もちろんやっがぃね?」という。
「え、なんですか、それ・・・」と返したら、「決まってるがぃ、
結婚の申し込みとかキッスとか・・・ したんろ」
「そんな、まだですよ気が早いなあ」
 という俺に、突然、
「なーにやっとるがぃ! ああ、じれってい! こーんなちょーし
じゃ今回の出張、終わってまうでないが!! んもうせーっがくわ
たしがお膳立てしてやったに!! いい、私があんさんらを何が何
でんくっつけてやるぎ、しゃんとしてくだっせ、しゃんと!」
 と、すごい剣幕で怒られてしまった。
 部屋に戻って1時間も我慢していたが、限界が来た。
 あんな状態であの静子との会話が中断されたことの欲求不満が、
今夜はこれ以上、深追いは止めとこうと思っていた俺の遠慮を押さ
え込んでしまった。それと女将がくれた電話番号のメモ。とにかく
彼女と話の続きがどうしてもしたいという思いが、もはや抑えられ
なくなっていたし、電話で邪魔されたんだから電話で取り返してや
るという、変な闘争心も手伝っていた。冷静さというものが低下し
て行った。
 しかし、受話器を上げようとするより早く、電話が鳴った。
「あ、吉岡です」
「吉岡さんに電話ですがぃ、静子ちゃんがらだよ! ハイ。ガチャ
ッ・・・・」
「あ、もしもし、代わりました吉岡です。」
「こんばんは。さっきはごめんなさい。静子です。こんな時間に電
話してしまって・・・ ご迷惑でしたでしょうか?」
「迷惑だなんてとんでもない! 大歓迎です。というか、いま、ち
ょうど静子さんに電話しようと思ってた、まさにその瞬間だったん
ですよ。やーすごいタイミングだったなぁ!」
「え、ほんとですか? 良かった。私、ご迷惑だったんじゃないか
って思ったもんだから。さっきは、せっかくお部屋まで通して頂い
たのにごめんなさい。それに・・・ あんなカッコで」
「いや、嬉しかったです、そのう・・・来て頂けたことも・・・服
装も」
「・・・あのう、ホントにそれ信じていいんですか? 私をからか
ってるんじゃない?」
「からかう? からかうだなんて・・・ 俺だって秘密を明かした
でしょ」
「そうだったわよね。あーよかった。ほんとに良かった。・・・じ
ゃあ、私があんなカッコだったこと、どう思った?」
「俺、正直言って、あなたの服装で、心底ずーっとドキドキしてま
した。これが先週お会いしたあの静子さんなのか? って、夢見た
いな気がしましたよ。最初に合った日には想像も出来なかった。正
直言えばあの日会っていた事も、よかったんだと思う。いきなり今
日、というんじゃ、お互いに難しかったんじゃないかっなって・・
・ それにあの時はあの時で、いい方を紹介してもらった、とも思
ってました。でも、今の気持ちとは比較にならない。俺のアタマん
中は今、今日のあなたのことでいっぱいです。なんか先週の静子さ
んと今日の静子さんって、まだ俺の頭の中では繋がってません」
 俺はもう彼女に、正直なこと、感じた全てを伝えようと思ってい
た。
「まあ・・・フフ、先週お会いしたのだって私でしたのにね。でも
そんなに・・・今日のカッコを気に入って下さったの?」
「ええ、俺、嬉しすぎて・・・ 衝撃でした。」
「ああ、よかったーっ。あのね、わたしもホントはすごく昂揚して
たんです。なんだか、生まれてはじめてウエットスーツを着たとき
の気分と同じ感覚になってた。やっぱり、私の場合、見てくれる人
を・・・受け入れて、そして私と同じ目で見てくれる人を求めてた
のかもしれないのね・・・」

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