宿 第一部 14〜15
「あの、こんな事訊いていいかな。・・・あの、静子さん、今どん
なカッコされてるんですか?」
 俺は唾を飲み、かすれるような声で欲望のままに聞いてみた。
「ごめんなさい。そんなにお気に召して頂いてたのに。残念ながら
今はなんでもない普段着なのよ。布、デス。よしっ、それじゃあリ
クエストにお応えしましょうか?」
「え?」
「私バカみたいね、電話なのに。でも、そういうご質問をされるん
だから、たとえ電話でも、お好みの姿でお相手した方がよろしいん
でしょ? 吉岡さんにとっては・・・ うん、そうよね、感じが出
るものね。」
「う、うん・・・リクエストって、何を言えばいいんだろう」
「お好きなモノを仰言って。私、お気に召すようにします。あ、私
喜んで申し出てるんですよ。だから遠慮なく仰言ってくださいね。
ふふ、吉岡さんがいま、お望みの女に、私なれるかどうかって・・
・」
「そうだな・・・ なんだか何を言ったらいいか・・・ これ、ゲ
ーム?」
「そうね、ゲームか。うん、そうしよう! 私はあなた様のお好み
のままの着せ替え人形デス。あなたは心の目でその私見る! なめ
るように・・・ なんてね。ハイ、早く何か言ってみて!」
「何かって・・・ あの、持ってるモノ知らないと言いようが無い
よ」
「あん、それを知ってたらつまんないでしょ? あなたが言ったも
のを持ってなかったら私の負け。全て応えられたら私の勝ち! で
も、ちゃんと吉岡さんの趣味で言ってよ。でなかったら私のネライ
が外れちゃうから!」
「あなた・・・いや、きみと言うね。君の狙い・・・か、なんだか
こわいな。ハハ、でもそりゃ、君に勝ってもらいたいよな。よし、
乗らせてもらお! じゃあ、まずは、さっきのスーツ」
「なんだ、そんなのはポイントゼロ。だってさっき見て、私が持っ
てるのわかってるんだから。ま、いいや、お望みですものね。ホン
トにさっきのでいいの?」
「さっきの以外持ってるの?」
「私を見くびらないで下さい。でなきゃ、こんなゲームは致しませ
ん。リクエストがあれば言ってみて」
 俺はちょっと試してみたくなった。もうほとんど見ることの無く
なった、赤とか黄色のネオプレンスポンジ。俺も昔雑誌で見たこと
があるだけの・・・
「カラースキンのスーツってもってる? 赤でも黄色でも白でもい
いよ。ちょっと意地悪かったかな?」
「ホーッ、セーフ! まったく吉岡さんたら、そんな今もう無くな
っちゃってるモノをいうなんて・・・ ふふふ、でも赤いの、持っ
てマス」
「スキンの・・・ ゴムので?」
「もちろん! オペロンとかジャージ張りとか言われたら、私の場
合アウトだったけど。ウチはレジャー用のスーツ作ってないから、
ゴムのしかないの。でも、赤は、私がどうしても欲しかったからシ
ートをやっとの思いで手に入れて・・・ 持ってますよ! 長袖、
長ズボン、両手足ファスナー無しツーピース。どお?」
「そりゃ、完璧だ・・・ すごいな、そんなの持ってるなんて」
「フフフ、よーし、吉岡さん次を考えててね。私、いますぐ着替え
ちゃうから」
 俺はびっくりして「ちょっと・・・」と呼び止めたが、彼女は保
留にもせず受話器を置いたのか、ごそっという音が聞こえた後、静
かになった。
 遠くで鼻歌交じりに何かやってる音が聞こえてくる。耳を澄ます
と、ガタンとかバタンとかの物音がして、少し経ってからファスナ
ーをすばやく動かす「ジィーィ」という音が聞こえて、俺の想像は
走り出してしまった。彼女は今、はしゃぎながら赤いゴムの小悪魔
に変身しているのだと。
「おまちどおさま。ちゃんと着てますよ。どう、この音、聞こえる
かな」
 シュキシュキいう音が聞こえてくる。
「乾いてるから今イチですね。いかがでしょう?」
「うーん、これがテレビ電話だったら最高だったのに・・・ 見た
くなっちゃったよ。とにかく、先ずは静子ちゃんの勝ちだな。う〜
ん、すごいなぁ」
「ウエット着たから『ちゃん付け』になったのかしら? フフフ・
・・では、お次をどうぞ」
「胴長」
「来たーっ!! 吉岡さん、もしかして厚手好みね。胴長お好き?
あ、そんなこと聞くなんてバカね。ああん、でもなんだか心配にな
ってきた。胴長履くと、私ってなんかすごい影響されちゃうのよ。
なんか・・・ 胴長に私振り回されちゃうのよね・・・ でも、吉
岡さんのご命令だし・・・ ハイ、ではお部屋用をお履きします。
あ、これは色物ありませんので悪しからず。それにしても、吉岡さ
んったら、ウエットスーツに胴長重ね履きさせるなんて、ホントに
もぅ・・・ いまお持ちしますので少々お待ちを・・・」
 なんだかすっかり気分が出来上がってしまったようで、声が弾ん
でいた。
 電話口の向こうでは、じきに、ワゴギャゴいう音が盛んに聞こえ
てきて、ボコボコと歩いてくるのがわかった。
「はい、お待ちどうさま。ああ・・・こうなると、何処へでも行け
ちゃいそう・・・ いつ履いてもこれって・・・ というか、わか
る男の方に言われて、と思うとなおさら・・・ああん、吉岡さん、
わたし、これ履くとなんだか乱れちゃうのよ。それも吉岡さんから
のご命令で履いてるなんて・・・ こんな、私をこんなにして・・
・」
「あ・・・ゴメン、あの、もう十分だよ」
「バカ・・・ そんなんじゃないんだったら・・・」
「え・・・?」
「いいから、どうぞその先を仰言って・・・ 次はなに? もっと
言ってお願い」
「ん・・・じゃあ、あ、あの、ゴム手袋」
 俺はこの単語を発声するのがどうも苦手で、つい口ごもってしま
った。
「え、なに? なんだかよく聞こえなかったわ。もっとはっきり仰
言って」
「ゴム手袋、って言いました。そう、特別長いやつがいいな・・・
どうだろう?」
「はいはいゴムテブクロ、ゴムてぶくろね。そう来るだろうと思っ
てもうここにあります。肩まで届くの。分厚いから指が硬直した感
じになっちゃうんだけど、下に重ねてふつうのお炊事のやつもお嵌
めしましょうか。ね? 吉岡さんの出張のお供と同じヤツも、いま
ここにあるのよ。オレンジのやつ。ちょっと失礼」
 受話器口にギュコキュコときこえ、スボッと先まで収まる音が数
回。
「はい、仰せの通りになりました。ああ、もう・・・指動かない・
・・」
「いや、そこまでで十分だよ。俺の負けだ。あのぅ・・・もしアレ
だったら・・脱いでもいいんだよ」
「なに? そのアレって? そんなものないわよ。脱ぎません。せ
っかくご要望にお応えしたのに。それが吉岡さんの正直なお気持ち
なんですか?」
「いや、俺はただ苦しいんじゃないかと・・・ バカだよな、正直
に言う。そのままでいてくれ。ずーっとそのままで・・・」
「よかった・・・ 私は、吉岡さんの着せ替え人形だから、吉岡さ
んの好みの服を着ていたい。私は・・・私自身の着せ替え人形なの
かもしれないし、時々思うのは・・・ もしかしたらゴムの神様、
ああ、バカだと思うかもしれないけど、私はゴムの神様の操り人形
なのかもしれない、とか思うことがあるの。こんなだと、着せ替え
人形とか操り人形とかいうより、ゴムのお人形って言ったほうがい
いかもしれないけど・・・ 今のわたしは、ゴム人形・・・ね。あ
あ、今すぐ吉岡さんにお会いできたら、どんなにいいことか・・・
ああ」
 脇で時々ギューキュー言う音をさせながら、話し続ける静子に、
今すぐ会いに行きたい衝動に何度も襲われ、俺の思考は下半身にの
っとられ、狂いそうになっていた。

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