宿 第一部 16〜17
 しばらく、息遣いだけがかすかに聞こえる気だるい沈黙の後、彼
女が再び切り出した。
「吉岡さんはどんなものをお持ちなんですか?」
「俺はあんまり持ってない。手袋をダンボールいっぱいと、・・・
女性モノの長靴2足。自分で履くんじゃないんだけどね、ただ、ど
うしても欲しくて」
「他には何も? ゴムてぶくろとゴムながぐつだけ? そうか、じ
ゃあ、今度、私がいろいろ吉岡さんにお試しさせて頂きますわね。
二人で一緒のほうが、きっと楽しいに決まってるし・・・ だいい
ち、吉岡さんが付けてなくて私だけコレじゃあ・・・ 吉岡さん、
アブナイよ。私ナニするかわからないよ・・・フフフ、ゴムの力は
怖いんだから」
 キュグと受話器を握るゴム手の音。
「あのね、ゴムって、身に付けると、自分の心の奥のものがモノす
ごく出ちゃう、何もかも、ぜーんぶ。いい部分もあるけど、すっご
い悪い面も。そして、すごくコーフンして、めちゃめちゃしたくな
る。だけど、それだけじゃなくて、ゴム自体が、なんだか意思を持
ってるような気がする時があるのよ。だって、雨が降ってるとき、
ゴム長靴履いてたらバシャバシャやりたくなるでしょ、誰だって。
あれって、水を見てゴムが我慢できなくなってるんじゃないかなと
か思うんだ。わたし、雨のお仕事の日は、時々、泥でべちゃべちゃ
な場所にわざと寄り道して行くのよ。ゴムに導かれると言うのか・
・・ そして思いっきりゴムの威力を味わうの。そのう、ゴム人間
になっているわたしのイリョクを。わたしは今、ゴム人間なんだっ
ていう実感の中で・・・」
 俺は息を呑んで話を聞いていた。
 彼女は時折、「ああ・・・」とため息をつきながら、ゆっくりと
した口調で続けた。
「あのね、わたし、もしかしたらホントにゴムの神様がいて、自分
はその神様のミコなんじゃないかとかいう気がする時があるの。新
興宗教みたいなこと言ってるんじゃないのよ。でも、そんな感じす
る時がある。大きな自然の中にいて、その中でゴム人間になって、
ゴムの姿でいだかれていると・・・すごい安心感があって、なんだ
かそういう気がしてくる。いいのか悪いのかわからないけど、その
神様の意思に従ってさんざん大暴れして、何度かスゴクいい気持ち
になったあと、・・・つまり・・・逝っちゃったりしたあと、その
感じになるの。気が付くと心の中がすごく静かになって、信じられ
ないくらい、いろんな光や音やにおいやなんかに包まれてる事が感
じられる。ゴムに包まれた体中の神経がすごく繊細に、敏感になっ
て・・・感じやすくなっていて、わたしは、自然の宇宙の真ん中に
いる事を瞬間味わうのよ。あ、ごめんなさい、こんな話して。つま
んないわよね」
「いや、・・・というか、ちょっと驚いた」
「ああ・・・あたし、こんなカッコだと、なんだか余計な事をしゃ
べっちゃうわね。ごめーん、こんなの、人に話すことじゃないわよ
ね。ねえ、吉岡さんって、最初の思い出ある? そのう・・・ 今
みたいにゴムが好きになったキッカケとか。よかったら聞かせて」
「俺、幼稚園の時、漏らしちまったことがあったんだ。そしたら、
先生が、おんなの先生が、その始末をしてくれたんだけど、それが
ゴム手でやられちゃったんだよ。俺、その時コーフンしちゃったん
だと思う。で、そのあと何回か、先生の前でわざと漏らしたりした
んだ。そのたびに先生はゴム手で俺を洗って、洗いながらお尻つね
られたりして。案外先生も面白がってたみたいなんだよな。んでな
んか結構いじられちゃったりした覚えがあるんだ。それ以来、おふ
くろの、そのーゴム手袋がね、俺にとってあの日の先生の手になっ
ちまったんだ」
「幼稚園の先生か。わたし、今の子供たちから、新しい吉岡さん達
を育てる手伝いをしてるのよ。この村にある託児施設や、保育園、
幼稚園、小学校なんかの女の先生の手に、どんどんゴム手袋嵌めさ
せてるの。寒い日とかに外で水仕事してるの見たら、『コレ、サー
ビスしますから使ってみてください』ってタダであげちゃったりし
てるのよ。宣伝活動ですってね。そうして先生たちがある日、子供
たちの汚いお世話とかしなきゃならないとき、そういう時が絶対あ
ると思ってね。子供が目をまん丸にしてびっくりするわけ。で、女
の先生も、なんとなく気付いちゃうのよ。そういう感覚に。そうや
って私や吉岡さんみたいな感覚をもった子供たちを増やして、将来
普通にさせてやろうとか、思ってるんだ。フフフ、わたし悪いやつ
でしょ」
「なんか、すごいこと考えて仕事してるんだな。う〜ん・・・ 種
をまいてるのか」
「将来の商売の種、なんてね。でも、それもあるわねぇー。一石二
鳥」
「君のキッカケっていうのは?」
「わたしも、子供のときよ。もっとも、よく覚えてないくらい小さ
いときからゴムのもので大はしゃぎしてたんだ。なんだか今もその
頃も、気持ちはほとんど一緒かもしれない。でも決定的に目覚めた
のは、罰として土蔵に閉じ込められたとき。初めは泣いてたんだけ
ど、ふと思って、そこにあった茶箱を開けたのよ。古い在庫品だっ
たんだけどやっぱりゴム手袋がね、あったのよ・・・ それでドキ
ドキしながら嵌めてみたり、直接自分のアソコにこすり付けたりし
て・・・ しばらくそんなことしてたら、そこを母に見つかっちゃ
って、猛烈に叱られたの。私、お尻が真っ赤になるまでぶたれたん
だけど、その時、母はゴムの前掛けを回してから、私をそのひざの
上に押さえつけてパンツ脱がせて、自分はゴム手袋してお仕置きし
たのよ。酷いわよね。おかげでゴムが焼き付いて離れなくなっちゃ
ったって言う事」
「そりゃ、キョーレツだな・・・」
 そのとき、俺はもう限界になっていた。
「いま、いまから・・・会えないかな・・・」
「ごめんなさい。なんか、火ぃつけちゃったかな・・・ あのね、
今夜はもうここまでにして休みましょう。こんな時間に・・・ あ
ら、もうこんな時間になっちゃってたのね。長電話しちゃってすみ
ませんでした」
「わかった。そうするよ。でも、明日もう一度会ってもらえないだ
ろうか・・・ 俺の部屋に来て欲しいんだ。明日も雨降ってくれる
といいんだが・・・ な、来てくれ。頼むから」
「もちろん伺わせて頂きますわ。明日、今日お邪魔した時と同じ頃
に旅館に伺います。吉岡さんも明日のお仕事に差し支えるといけな
いし・・・ もうお休みになられてください。私かならず伺います
から・・・」

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