宿 第一部 18〜20
 昨夜はまるで宝くじにでも当たったような気分だった。女将から
のあんな仕打ちもショックだったが、静子の事が頭から離れず、目
が冴えて仕方なかった。こんな日は滅多にないというのが実感だっ
た。
 先週最初に会った時の彼女、雨の夜に来た彼女、そして、あの長
電話の天真爛漫さとでもいうのか、おしゃべりとがごっちゃになっ
て、俺は不可解な世界に入って混乱したような気分でいた。少なく
とも彼女は、俺が想像していたような『淫靡なゴム好き女』という
イメージとはだいぶ違う女性だったが、いまいち消化しきれないそ
の部分に俺は引き寄せられていた。
 今朝、出がけに女将に頼んでおいた。「今夜、静子さん来ること
になってるから、宜しくお願いします」と。
 女将さんはニヤニヤしてたけど「今夜こそあんさん、静ちゃんも
のにせにゃいかんがぃ。しっかりせな」と後押しするように言われ
てしまった。
 夕べの雨が降り続いて、俺の想像力を刺激していたが、その雨は
俺の願いと裏腹に、昼には止んでしまった。仕事中も、ぼんやり夕
べの事、今夜の事を考えてしまい、「吉岡さん、どうかなさったん
ですか」と現場の人間に心配されてしまった。なんでもない、と、
何度言ったことか・・・
 しかし、仕事は一応けじめが付いて、今回の作業は完了してしま
った。俺は、そのことをちょっと残念に感じていた。わざと遅らせ
るか、とも思ったぐらいだが、流石にそれは出来なかった。次回ま
た、仕事でこの村に来る事が出来るか判らなかったが、とにかく、
俺がやってきた事はもう終わってしまったのだ。複雑な想いを胸に
現場の人間に別れを告げたが、帰る前に俺は本社に電話した。
 明日は金曜で、週の終わりは一旦戻って、本社の仕事を一応チェ
ックすることになっていたのだが、有給休暇を申請することにした
のだ。そうすれば、あと2日間はこの村にいられる。今までは土日
を挟んでも帰るでもなく、かといって、この村でも何をするでもな
く、ただ部屋でごろごろして本を読んだりテレビを見てただけだっ
たが・・・ 今にして思えばもったいない事をしていたものだ。こ
の村にいたというのに・・・
 今回の週末は特別な日になると予感していた。
 送ってもらう車の中で、雨が上がり夕日がさす景色を苦々しい思
いで眺めていた。それでも宿に着くまではまだ、膨らむ期待で、だ
んだん息苦しいような気分になっていたのだが、宿に着いたとき、
がっかりすることとなった。
 宿の駐車場に車が止まっていたのだ。
「ちっ・・・ 他の宿泊客が来たのか」
 夕べのような貸しきり状態でなく、邪魔が入ってしまったという
事実に、俺は酷く落胆し失望した。今日という日、一日中ずぅっと
心待ちにし、思い描いていた今夜の静子との念願のひと時を、もう
迎えられないかもしれない・・・という不安が、俺の心に重くのし
かかってしまった。
 しかしとにかく、夜になれば、静子は約束どおり来てくれるだろ
う。そう思って気を取り直した。最悪の場合を心に描いて、これ以
上落ち込まないように努めた。万一、雨も降っていない、他の客の
手前もあるからと言って、彼女が普段の服装で来たとしても、直接
会って話せるだけいいじゃないかと思うことにした。確かに会えな
いよりはずっといいんだから・・・ なんとなく期待感が落ちて行
ってる事を認めたくはなかったが。
 夕暮れの薄暗いフロントでベルを何度も押した。やっと向こうか
ら女将が出て来て、「お帰りな」とだけ言われたので、
「ねえさん、他の客がいるんじゃ、昨日みたいな訳にはいかんね」
と、憮然として答えてしまった。
 女将はキョトンとした顔で、空々しく「他のお客さん・・・ねぇ
・・・ あ、車、見られましたんがぃ。そうなぁ、仕方ないなあ・
・・」とか言いやがった。
 ちぇ、こんな宿に何処のヤツが止まりに来てるんだ、と俺は悔し
紛れに舌打ちをしたりする。
「まあ、私がどうにかしますに・・・ホホホ」とか無責任な事を言
っている。
 こっちが遠慮せざるをえないじゃないか。
 キーを受け取り、部屋に戻ると、取りあえずすぐに風呂の支度を
した。早めに上がって、いつ来られてもいいようにしておこうと思
ったのだ。まさか、静子が来る日に女将も夕べのような事はするま
い、と内心あった期待を意図的に吹っ切った。本心ではまだ、ちょ
っと女将さんに仕掛けられたいような気も俺の中にはあった。もう
一度ああやってゴムの力で弄ばれたい、という欲望を消し去る事は
出来なかった。なにしろあの事件もまだ昨日のことで、俺の中では
繰り返しリピートされていたのだから・・・
 そんな雑念を抱えて、男湯の脱衣所に入った。俺はホントに心の
底から無防備だった。風呂場に入って、手早くひげを剃って髪や体
を洗い、湯に浸かってから一呼吸おくと、昨夜ここであった事を思
い出しかかっていた。そのとき、脱衣所のほうから何やら騒がしい
声が聞こえてきたのだ。
「あんたがそうやって遠慮してるげ、決まるもんも決まらなくなる
んが。ええから早う、ほれ! 吉岡さんが待ってるがぃもぅ」
 えっ? っと思ったとき、風呂場の入り口、曇りガラスの引き戸
ごしに黒い人影が現れ、その戸が開けられた瞬間、またしても昨夜
の風呂場の惨状が繰り返される事を直感した。
「うわぁ・・ ま、また・・・」思わず口走ってしまう。
 黒々とヌメるあのゴム胴長に胸元までズドンと覆われた女将が、
今度は肩までも届くゴム手袋で腕まで黒く光らせながら、男湯の入
口にまたも立っていたのだ! しかも今度は、そのゴムの片手は別
の黒いゴムの手を引いている・・・!
「吉岡さん、ちょこーっと失礼しますがぃ。あんさんのお相手をお
連れしましたぎ。ほれ、静子ちゃんだに、ご覧なってみなっし、ほ
れ! こぉーんなんゴォムでツルツルに着飾って来てからに・・・
よかったなぁ吉岡さん。せっがくだから、こちらにお連れしました
がぃ。ささ、静子ちゃんもそんな遠慮するもんではないがぃ」
「そんなぁ、あんまりです女将さん。こんなんごどしたら吉岡さん
に失礼だがぃに、わたし嫌われてしまうがぃもう!」
 女将はゴム胴長の体をガボギュゴ言わせ、構わず風呂場に入って
きながら、後に隠れていたもう一人の黒いゴムの人影をそのゴムの
手でぐいっと引き寄せた。まるで、バロバロとなびく大きな黒いゴ
ムのテルテル坊主のようなその姿に、俺は戦慄した。頭からひざ下
ほどまでヌメりながらスッポリ覆っているのは、俺が今まで見たこ
とも無い厚手の黒いゴムマントだったのだ! その両側、肩の少し
下からは女将と同じような黒いゴム手袋の腕が長々と付き出し、ひ
ざ下は黒いゴム長靴が伸びている!! 頭をおおう妖しいゴムフー
ドの奥にあった苦悩した静子の顔に一瞬目が会った。すぐさま目を
そらす静子。
「吉岡さん、どうですがぃ、この静子ちゃんの艶やかなこと! あ
んさん、胸がドキドキしますやろ? こんゴムの娘っ子のヌメヌメ
姿、黙って見てられるお方ではなかろうがぃ?」
 俺は、このとき無意識に体を湯に沈め、胸から上だけしか見せて
いなかったが、水面下では、目の前の脅威に圧倒された股間のモノ
が、もはやどうすることも出来ない程に張りきってしまっていた。
「女将さん、おねがい、もう堪忍してぇ」
 今にも泣きそうに、手を引く黒ゴムの女将に抵抗する黒ゴムの静
子。その間にも二人のゴムの体のあちこちや掴みあった手は絶え間
なくギュワギャワと鳴り続けている。
「あの、静子さんがこんなに嫌がっておられるし、女将さん、こう
いうのはもう・・・」
 俺は上ずったようにその場を納めようとした。が、
「バーカ言うんでないよ、んもぅ! アンタらちみたいに遠慮ゴッ
コしてたら、せっかくのチャンスがパーになってまうでないがっ!
だいいち吉岡さん、あんさんそんな湯うに隠れてないで、静子ちゃ
んに正直なオノレをみせんがぃ!!」
 そういうと女将は静子のゴムの腕を両側から押さえ、ゆするよう
にしながら、
「静子ちゃん、アンタがそうやって遠慮ばっかして何もせんつもり
なら、私がしてしまうがによ! よぉーし・・・ そな、そうすっ
が! せっかく吉岡さんのアソコもやる気になってるんに、こんな
事に遠慮しとるの、私ゃ我慢ならんがぃ! ええでな静子ちゃん、
なにも出来んならアンタはそこで見とればいいんがっ!」
 そう言うが早いか、黒いゴム長手袋をたくし上げながらこっちに
向かって踏み出して来た。

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